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岐阜家庭裁判所高山支部 昭和42年(家)231号 審判 1967年8月07日

申立人 大楢和夫(仮名) 外一名

主文

申立人らの氏「大楢」を「高山」に変更することを許可する。

理由

(申立の趣旨および実情)

申立人らは、主文と同旨の審判を求め、その実情として、

申立人らの氏「大楢」は「オオナラ」と読むのであるが、その呼び名が滑稽かつ恥かしい放屁の俗語である「オナラ」に通じ、「オナラ」と混同され易く、そのため申立人和夫は幼少の頃から「オナラ」、「臭い」、「スカンク」「ガス」等と呼ばれて嘲笑され、珍奇な呼び名の氏に悩まされ、申立人らは「大楢」姓に嫌悪と屈辱を感じており、現在においても未知の土地に宿泊する場合等は他の姓を使用している。

のみならず、申立人らは、今、申立人らの子供達が本人に全く責任のない「大楢」姓故に、かつて申立人和夫が受けたのと同様な嘲笑と屈辱を受け苦悩していることを知つて氏の変更を決意した次第である。

なお、「大楢」に代る新しい氏として「高山」を希望するのは申立人春子の母谷口タカの生家が「高山」姓であつたところ、同家は絶家し、申立人らが高山家の祭祀を承継しているので、申立人らにゆかりがあり、かつ正常な「高山」姓を名乗りたいのであると述べた。

(当裁判所の判断)

本件記録および申立人ら審問の結果によれば、「大楢」姓は、申立人和夫の祖先が○○で農業を営んでいた頃その庭に大きな楢の木があつたところから「大楢」と名乗つたものであるが、右大楢家は申立人和夫が五歳の頃一家を挙げて長野県○○市に転居し、現在「大楢」姓の親戚は○○市に二軒、○○府に一軒あるのみで○○市には同姓の親戚も存しないこと、「大楢」の呼び名である「オオナラ」が放屁の俗語である「オナラ」に通じ、「オナラ」と混同され易いところから申立人和夫は幼少の頃から「オナラ」、「臭い」、「スカンク」、「ガス」等と呼ばれて嘲笑され、申立人らは「大楢」姓に嫌悪と屈辱を感じ、現在においても未知の土地に宿泊する場合等は他の姓を使用していること、更に最近に至り、神奈川県○○市に住む申立人らの長男則夫から、同人が友人と待ち合せるため喫茶店に居た際、友人から同店に電話があり店員が「オナラさん電話です」と大声で呼び、店内の客が笑い出し長男はしゆう恥のため電話に出ることができなかつた旨訴えられたこと、申立人らの二男誠二(小学校六年)が女生徒から「ガス」と呼ばれたことに立腹してその女生徒に傷害を負わせる事件が発生したこと等が相次ぎ、子供達までが本人に全く責任のない「大楢」姓故に、かつて申立人和夫が受けたのと同様な嘲笑と屈辱を受け苦悩していることを知つて氏の変更を決意したものであること、「大楢」に代る新しい氏として「高山」姓を希望するのは、申立人春子の母谷口タカの生家が「高山」姓であつたところ、同家は絶家し、申立人らが高山家の祭祀を承継しているので、申立人らにゆかりがあり、かつ正常な「高山」姓を名乗ることを希望しているものであることを認めることができる。

ところで、申立人らの氏「大楢」は、我々の目でその文字を見る限りにおいてはさして滑稽、珍奇な氏ということはできないが口に出して発音すると滑稽かつ珍奇な放屁の俗語である「オナラ」に通じ、「オナラ」と混同され易いことが明白である。そして、氏は個人を特定する呼称として、文字に書かれる場合のほかに、口に出して発音される必要の多いことはいうまでもないのであるから、「大楢(オオナラ)」のようにその呼び名が滑稽かつ珍奇な「オナラ」に通じ、「オナラ」と混同され易い場合には、その文字は滑稽、珍奇とはいえなくとも、その氏自体が滑稽、珍奇なものになると解するのが相当である。したがつて、滑稽、珍奇な「大楢」姓を申立人らにゆかりのある正常な「高山」姓に変更することは戸籍法一〇七条一項に定める止むを得ない事由に該当するものというべきである。

よつて、申立人らの本件申立は正当であるからこれを許可することとして主文のとおり審判する。

(家事審判官 浅香恒久)

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